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印刷工業会 設立60周年記念 未来の印刷産業アピール論文

【最優秀賞】印刷の未来 〜印刷技術が有する無限の可能性を求めて〜

山田 浩司 (1987年7月24日生)
凸版印刷株式会社 広報本部

第1章 印刷産業の現状と課題
 印刷産業は、グーテンベルグの活版印刷が発明されたことに端を発し、様々な技術革新を経て、オフセット印刷やグラビア印刷などの印刷手法を導入し、人々の豊かなくらしづくりに大きく貢献してきた。
 グーテンベルグ当時の印刷産業の役割は、紙などの媒体に文字を再現し、同時に多くの人々に情報を伝えていくことであった。その後、印刷技術がさらに発展することにより、大量に高速にかつ安価に印刷物の複製が可能となり、情報をより多くの人に同時に伝えることを可能としてきた。そして、いかに大量に高速にかつ安価に複製するかという追求が、印刷産業が追求してきた役割であり、同時に発展していくための課題でもあった。
 一方、近年、印刷技術の発展以上にデジタル技術が急速に進展し、数多くのデジタル媒体が、印刷物が果たしてきた上記の役割を代替し、印刷物の需要減少が余儀なくされてきている。日本における印刷産業の現状を出荷額ベースで見ると、かっての8兆円台をピークに、現在の6兆円台にまで右肩下がりの傾向が続いている。今後も、デジタル技術がさらに発展していくことが予想され、これまで以上に情報が容易に提供されることが可能となり、印刷産業の役割が変化すると考える。その役割の変化とは、情報伝達だけではなく、印刷物を手にする人に何らかの付加価値や、新たな体験を提供する役割の比重がより大きくなってくるということである。言い換えると、容易に情報を提供することができる他の媒体の出現により、情報伝達という単一の価値提供では、印刷産業は役割を果たしているとは言えなくなってしまったということである。そこで、印刷産業に求められているのは、印刷物を通して新たな価値を創出し、提供することではないかと考える。

第2章 未来の印刷産業の在り方
印刷産業が新たに直面している「新たな価値を創出し、提供すること」という課題に対するアプローチとして、今後の印刷産業は、究極のアナログを追求するべきであると私は考える。ここで述べる究極のアナログの追求とは、2つの意味を有する。
 1つは、アナログ印刷物における質的内美を追求することである。ここで述べるアナログ印刷物とは、紙の上にインクを載せた、本のように形あるものを指す。デジタル技術が駆使され、情報は高速にかつ広範に伝達することが可能となり、さらには、情報を自由に保存することさえ可能となった。しかし、こうしたデジタル化が発展し続けるとしても、印刷産業が果たしてきた役割のうち、情報伝達という部分が、新たに出現したデジタル媒体に替わられたということに過ぎない。私は、アナログ印刷物が有する価値の最も大切な部分は、デジタルでは決して表現できない質的内美、すなわち、アナログ印刷物から得られる感触や色味を通して得られる人間的な感情や感性であると考える。素材、質感、色味、文字などにこだわりを持たせた類の無いアナログ印刷物は、大量生産されたものであるのは事実ではあるが、印刷物を手にする側からすると、手に取った瞬間から、それはその人にとっての1点物となる。提供する側と手にする側。産業としての印刷を追求すると、ともすると、提供する側の理論で1点1点に対するこだわりが欠けてしまうことがある。しかし、手にする側にとっては、印刷物を手にすることにより、新たな体験を得たいという想いが必ずあるはずである。我々は、手にする側の想いを常に心に留めてきていただろうか。アナログ印刷物が大量に複製されたものであっても、製造する側が手にする一人ひとりの顔を思い浮かべ、印刷物に心を込めて作り上げることで、人々の心をゆさぶる究極のアナログ印刷物としての役割を果たすものになるはずである。印刷産業は、この価値を提供することについてもう一度しっかりと向き合う必要があると考える。
 2つ目は、アナログ印刷物にデジタル要素を掛け合わせ、新たな価値を持たせることである。新たな価値とは、情報伝達という従来の役割とは別に、アナログ印刷物を通して得られる「体験」である。例えばAR (Augmented Reality, 拡張現実)が挙げられる。ARでは、アナログ印刷物上に表示された情報を読み込むことにより、人工的に構築された仮想物体を通して情報を得ることができる。こうした体験を通して人々の五感を刺激することができ、情報伝達に留まらない新たな価値を提供することができる。このような体験や、体験を通して得られる感情は、アナログ印刷物があってこそ初めて提供できる価値である。
 以上のように、究極のアナログを追求することにより、印刷産業でしか提供できない価値を提供し、人々が持つ感情に訴えかけることが、印刷産業が直面する課題に対してアプローチすべきことであり、果たすべき役割でもあると考える。

第3章 未来の印刷産業を切り開く新たな提案
 しかし、印刷産業の現状を見ると、第2章で述べたアナログ印刷物の追求だけでは、印刷産業の未来を切り開くには十分とは言えない。そこで、印刷産業の未来を切り開くもう一つの提案として、紙という媒体に、材料である印刷用インクを載せるという印刷技術の原点を再認識してみてはどうだろうかと私は考える。
 従来の印刷産業は、紙にインクを載せるというコーティング技術を駆使することにより、同様の機能を持ったものを大量に高速にかつ安価に生産し、アナログ印刷物を提供してきた。時代が進むにつれて、印刷産業は紙やインクだけに捉われず、フィルムやガラスなどの基材に機能性材料などをコーティングすることにより、カラーフィルタや太陽電池バックシートなどの新たな価値を提供している。私は、このコーティング技術に着目し、Aという媒体にBという材料をコーティングする、すなわち、「AにBを載せる」という発想により、印刷産業は新たな価値を生み出す無限の可能性を秘めているのではないかと考える。
 私は大学院で応用化学を専攻し、1秒で充電完了可能な「高速充電型二次電池電極材料」の研究を行ってきた。私の研究では、合成した導電性高分子を電極上に、均一にかつ再現性高くコーティングするという行程を通して、実用化には至らなかったが、従来の概念を覆すほど速く充電可能な電池という新たな価値を創出することができた。ここに印刷産業の未来を切り開くヒントがあると私は考える。すなわち、印刷産業が得意とするコーティングという観点から、「AにBを載せる」という印刷技術を駆使したアプローチに着目し、従来の印刷の概念に捉われない無限の発想から新たな価値を創出できるのではないかという提案である。
 例えば、私が研究に取り組んでいた高速充電型二次電池電極材料を実用化し、「スマートフォンの充電自動販売機」を創出するというアイディアである。街に存在する自動販売機のように、例えばNFC(Near Field Communication, 近距離無線通信サービス)を搭載したスマートフォンを充電自動販売機にかざすと、決済すると同時に、瞬時にスマートフォンを充電完了できるというサービスである。印刷産業が得意とするコーティング技術を駆使した電極材料の研究・開発だけでなく、様々な業種の顧客と幅広い接点を持つ印刷産業の特徴を活かし、企業とアライアンスを組むことにより、決済を含めたサービスの提供を可能とするのである。日本におけるスマートフォン普及率は、昨年の6%から約3倍の20%に増加しており、今後もさらなるスマートフォンの普及が見込まれるため、「スマートフォンの充電自動販売機」の需要の可能性は十分秘めているはずである。
 このように、紙にインクをコーティングするという印刷の原点に着目し、印刷産業が有する無限の可能性を引き出すべきである。そして、環境・エネルギー分野やエレクトロニクス分野、さらには、情報セキュリティ分野における偽造防止・情報管理技術、医療分野における薬品包装フィルムなど、あらゆる分野において、印刷産業がコーティング技術を進化・発展させることにより、非常に大きな役割を果たすことができる可能性があると考える。

第4章 まとめ
 アナログ印刷物を代替するデジタル媒体の出現に伴い、今後もデジタル化の追求のみを図り続けていくと、印刷産業としての役割や価値が薄れていってしまう。なぜなら、デジタル化の発展に伴い、他のあらゆる企業も同じ価値を提供することが可能となるからである。一方で、アナログ印刷物の追求のみにこだわり続けても、利益を生み出す産業としては、印刷産業の現状を見ても限界がある。
 したがって、未来の印刷産業のあり方は、まず、第2章で述べた2つの視点からアナログ印刷物を追求することにより、人々の精神的満足を提供するという役割を再認識することが第一に重要であると考える。アナログ印刷物を手にする人にとっての1点物の価値が、デジタル化の波にのまれることなく、今後の印刷産業を支えていくこともまた確かであると考える。そして、第3章で触れたように、印刷の原点であるコーティング技術の視点に立ち返り、「AにBを載せる」という究極的な印刷技術を追求することが2つ目に必要であると考える。
 このように、新たな価値の創出という印刷産業全体に立ちはだかる課題に対し、かつての情報伝達という単一的な役割には留まらず、無限の可能性を秘めたアプローチをし続けることが、印刷産業として果たすべく役割、すなわち未来であると私は考える。

参考文献
・経済産業省(2012)「工業統計 産業編」 2012年4月発表
経済産業省Homepage(http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kougyo/result-2/h22/kakuho/sangyo/index.html)(2012年10月現在)
・Google(2012)「世界のスマートフォン利用に関する大規模調査」2012年5月16日発表(http://googlejapan.blogspot.jp/2012/05/2012.html)(2012年10月現在)


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